おすすめ本の輪

小説のレビューというか書評的な読書感想文みたいなのを書いてきます。

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『蔭桔梗』 泡坂妻夫 紋章上絵師で奇術家

   

書評的な読書感想文344 おすすめ度☆☆☆

『蔭桔梗』(文庫)

おすすめ度☆☆☆(星数別索引&説明

泡坂妻夫《泡の字は正しくは己ではなく巳》(作家別索引

新潮文庫 1993年2月

恋愛 人情(ジャンル別索引

 

おすすめポイントをほぼ百文字で

大人の恋愛を描いた短編集。すれ違いがテーマになっていて、涙が止まらないといった劇的な物語はありませんが、じんわりと胸に染み入る読後感です。紋章上絵師など今では失われかけている、呉服関係の仕事が描かれているのも見所。

 

あらすじ

紋章上絵師の章次のもとに、かつて心を寄せあっていた女性から、二十年前と同じ蔭桔梗の紋入れの依頼があった。その時は事情があって下職に回してしまったのだが、それは彼女が密かな願いをかけて託した紋入れだった……。微妙な愛のすれ違いを描き直木賞受賞作となった表題作「蔭桔梗」下町の職人世界と大人の男女の機微をしっとりと描いた11編の作品を収録した珠玉の短編集。(作品紹介より)

 

紋章上絵師で奇術師の直木賞受賞作

作者の泡坂妻夫さんは少し変わった経歴をお持ちの方です。高校卒業後5年の会社勤めを経て、家業を継いで、着物に家紋を書き込む紋章上絵師になります。表題作の「蔭桔梗」では主人公が紋章上絵師です。

 

その後、奇術師としても活躍します。後に引田天功さんも受賞する、奇術に貢献した人に送られる賞を1968年に貰っていて、奇術師としても一流なのがわかります。

 

そんな、泡坂さんが43歳で作家デビューし、57歳にして今作で直木賞を受賞します。奇術師が主人公の『曾我佳城シリーズ』や『しあわせの書』など本そのものに仕掛けを施した作品は、奇術師としての経験や遊び心が生かされています。また、今作のように紋章上絵師としての経験が生かされた作品もあります。

 

すれ違いの恋

今回の作品は、11の短編からなっています。すべてではありませんが、その多くは大人の、それもすれ違いの恋をテーマにしています。

 

ちょっとした行き違いで別れてしまった恋人との再会を描いた「蔭桔梗」。一つのかんざしが戦争中の悲恋の記憶を呼び起こす「簪」。どの話も上品でしっとりとした文章で描かれていて、涙が止まらないといった劇的な物語はありませんが、じんわりと胸に染み入る読後感の作品です。

 

たぶん、高校生や大学生の頃ではこの物語を楽しみことができなかった思いますが、40歳を前にしてしみじみと楽しめました。良くも悪くも、大人になったってことで。

 

失われ行く江戸情緒

今回の作品は昭和30年代、40年代ごろが舞台になっていて、上に書いた紋章上絵師の他にも、今ではほとんど失われている呉服関係の仕事が描かれています。着物の洗い張りや染物をする呉服悉皆店や呉服の汚れを取る浸抜屋(しみぬきや)など、普通に生活していてはお目にかかることのない職業を持った人物が主人公のなったりしています。

 

和服が街から姿を消したのに比例して、こういった職業も立ち行かなくなってしまい、物語の登場人物たちの脳裏にも廃業や転職がちらついています。

 

戦後になっても何とか生き残っていた江戸の情緒の名残が消え行く姿が描かれていることで、物語全体に物悲しい雰囲気が漂い、「すれ違いの恋」というテーマが引き立っています。

 

書評的な読書感想文のまとめ

すれ違いというテーマも、抑制の効いた上品な文章も、紋章上絵師などの職業も、その全てが大人向けの作品です。上にも書いたように私はおそらく学生時代に出会っていたら楽しめませんでした。

 

したがって、全ての人におすすめというわけではありません。ただ、劇的でことさらこちらの感情を揺さぶってくるような恋愛小説に疲れた人にはおすすめってことで、星三つです。

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