おすすめ本の輪

小説のレビューというか書評的な読書感想文みたいなのを書いてきます。

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『月と蟹』 道尾秀介 大人への第一歩

   

書評的な読書感想文243

『月と蟹』(文庫)

おすすめ度☆☆☆☆(星数別索引&説明

道尾秀介(作家別索引

文春文庫 2013年7月

青春 友情(ジャンル別索引

 

 

おすすめポイントをほぼ百文字で

主人公の正邪両面の心の揺らぎにものすごく共感できて、読んでいて胸が苦しくなりました。学校でも家でも煮詰まったつらさが、特に胸に響きました。「大人になるのも結構良いもんだよ」と伝えてあげたい。

 

 

あらすじ

海辺の町、小学生の慎一と春也はヤドカリを神様に見立てた願い事遊びを考え出す。無邪気な儀式ごっこはいつしか切実な祈りに変わり、母のない少女・鳴海を加えた三人の関係も揺らいでゆく。「大人になるのって、ほんと難しいよね」――誰もが通る“子供時代の終わり”が鮮やかに胸に蘇る長篇。直木賞受賞作。(作品紹介より)

 

 

五連続直木賞候補作家の受賞作

作者の道尾秀介さんはミステリー作家として名を馳せ、その後五回連続で直木賞候補になった末に今回の作品で直木賞を受賞しました。五連続は戦後最多だそうで。

 

物語の主人公、慎一は小学五年生。転校して以来、クラスで孤立していて、同じく転校生の春也と行動を共にします。二人は廃墟の裏山でヤドカリを神様に見立てて、願い事をする儀式の遊びを始め、そこに母親のいない少女・鳴海が加わり物語は動き出します。

 

 

体験には共感できないけど、感情には共感できる

物語に出てくる三人の子供にはそれぞれ家庭の悩みがあります。父親が亡くしている慎一。親から暴力を受けている春也。母親のいない鳴海。さらには、物語のなかで現在進行形で家庭内の悩みを抱える主人公たちの、「体験」に対してはヘビーすぎて共感できないことが多いです。ただ、彼らの感じている「感情」にはものすごく共感できました。

その瞬間、不意打ちのような怒りがかっと慎一の目の裏を熱くした。(P127)

 

慎一は急に臍のあたりが縮こまる思いがして、すぐに言葉を返せなかった。(P134)

 

胸に、だんだんと湿った砂が溜まっていく。(P201)

場面ごとの感情を表す言葉にすごく共感できました。彼らと同じ体験はしたことないけど、彼らが感じた友情だとか愛情などの良い感情も、嫉妬や怒りなどの悪い感情も小学生のころに私も感じた記憶があって、だから共感できるのだと思います。

 

 

煮詰まる

主人公の慎一は学校で孤立し、父親は亡くしていて、母親との関係もあることをきっかけにギクシャクしてしまいます。小学生なので、学校と家がすべてなのにそこが煮詰まってしまう閉塞感は、胸に迫るものがあります。

ぜんぶ上手くいかない。ぜんぶ思い通りにならない。自分ばかり取り残される。景色は明るくて、ずっと向うまで広がっているのに、慎一にはそれが自分とまったく無関係のものに思えてならなかった。こんなに厭なのに、こんなに息苦しいのに、顔色ひとつ変えてくれない人たちばかり暮らしている世界。(P211,212)

まあ、自分勝手に自意識だけが膨らんだ考えなんですが、小学生のころってこんな感じだったなとすごく共感できる文章です。とくに最後の一文「顔色ひとつ変えてくれない人たちばかり」というところが、すごく分かります。子供っぽい勝手な意見ですけどね。

 

慎一は上のように考えて、終盤では「ここにいたい。ずっとここにいたい。(P284)」と大人になるのを拒否するようなことを考えます。ものすごく彼の気持ちが理解できたのですが、大人としてぜひ彼には「大人になるのも結構良いもんだよ」と伝えてあげたくなりました。

 

 

書評的な読書感想文のまとめ

ラストの場面での「大人になるのって、ほんと難しいよね」(P345)というセリフに象徴されるように、少年たちが大人になる一歩を踏み出す物語です。プラスの感情よりもマイナスの感情のほうが多い物語で決して明るい話ではありませんが、胸が苦しくなるほど登場人物の心の動きに共感できる、稀有な物語ってことでおすすめ度は星四つです。

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